CDから学ぶ『斎藤一人さんの言葉』

Just another WordPress site

*

親のコンプレックスで子供が劣等感を持つ話(『地球が天国になる話』より)

   

04今日一日だけ一生懸命

今からどのようなカタチで人はコンプレックスという、劣等感を持つかということ話します。

親の未熟というのは、大体二通りパターンがあります。
それは単純にキレて暴力を振るう、酒飲んで暴力ふるうとか、そういう形の親がいます。
これは未熟過ぎますから、すご~くよくわかります。

こういう親に育てられると、意外とですよ、これも大変なことなんだけど、人に言ってもわかりやすいです。
うちの親はこういう暴力ふるって、どうしてこうして、っていうカタチだとすると、
非常にわかりやすいんですけど、大概の未熟な親は、こういう手法は実はとらないんです。

実はどういうふうな手法をとるかというと、自分のコンプレックスをおまえのためだという形で出してくるんです。

まず、親がどのくらいコンプレックスあるかっていうと、親がコンプレックスを持っていると、劣等感を持っていると、自分は常に不当に扱われていると思うんです。
やがて子供もそういうふうに思うんだけど、劣等感があると、自分がすごく不当に扱われていると思いだす。
今、親の話をしてるんですよ。

そうすると、その親は世間に出て行っても、自分がやたら不当に扱われていると思ってる、だから損をしていると思ってる、でなぜか悔しいんです。
だから、よくお酒を飲んで、あいつが悪くてこいつが悪くてって、自分以外はみんな悪いと思ってる人いるんです。

あれは極端なコンプレックスがあるんです。
要するに劣等感があると、自分はすごい損をしてると思っちゃうんです。
それが非常に悔しいんです。
なぜかそうなんです。
これは親の問題だからしょうがないんです。

そういう親が家に帰ってきて何をするかというと、二つのことをやりだすんです。
一つは、例え、右上がりの奇麗な字を書く人がいるとしますね、お父さんが。
子どもが丸文字を書くと、そのことを異常に注意するんです。

「これはおまえのためだから」と言ってるけど、実は丸文字を書いていても誰も困ってないんです。
それなのに異常に教えてるっていうのは、必ず親にコンプレックスがあるんです。

コンプレックスがあるから、そのことを一所懸命、一所懸命やってうさ晴らしをしているんです。
愛情という名の、うさ晴らしをしてるんです。

それからもう一つ、こういううさ晴らしの仕方もあるんです。
例えば、子どもがピアノを始めたとします。
男の子は空手はじめたとします。

そうすると、やってみたら自分には向かないことが子どもはわかったからやめたいのに、泣くほどやめたいのに、「やったことは最後までやってほしいのよ、最後までやってほしいのよ」って、ずーっと子どもに対して、ものすごい威圧してるんです。

お母さんはここまでやって、お母さんは内職してでもアルバイトしてでも、あんたの月謝出すからねって、でも子供は嫌がってるんです。
最後まで続けてほしいって、最後っていつですか、最後ってどこですか。
たとえば、じゃあ初段になったらやめてもいいのか、ゴールを示さないでずーっと最後までって言ってんのはなんなんですか、それは。

それって、自分のコンプレックスを他人で晴らそうとしてるんだよね。子供で晴らそうとしている。
で、自分でやったことは最後まで続いたんですかお母さん。
お父さんは最後までつづいたんですか。

この前、とんでもないテレビを見たのね。
そのお母さんが、自分の好きなこと、得意なことやっているのに、
「この子に、私が最後まで頑張る姿を見せたい」んだって。

あんた、自分が好きなことしてるんだよね、
それがダンスの闘いだろうが、女相撲の闘いだろうが、
自分の好きなことを一所懸命やっているんだよ。

子どもはそれが嫌なんだよ。
それと一緒にして、お母さんの偉さを見せようとしてるんだよね。
それでコンプレックスを晴らそうとしてるんだよね。
親は親でコンプレックスをまた持っちゃてたの。

子供にコンプレックスを与えない最高のことっていうのは、
運動会だろうがなんだろうが、学校でいい成績とると、喜んであげるけど、
成績下がるとあからさまに嫌な顔する。
いい子にしてるときだけは喜んであげるけど、ちょっと気にいらないと、
「私は何も言ってない」って、顔が言ってるの、態度が言ってんの、
それが子どもにものすごい劣等感を与えるの。

たとえばうつ病になっちゃったりした子なんか、いい子なの。
いい子なのにもっといい子を望むの。
親がもっといい子、もっといい子って望んでもできないの。

人生って、少し上を望んで何か挑戦するってすごく楽しいことなの。
子どもが自分で自発的に
「絵だってもっとうまくなりたい」
「ピアノだってうまくなりたい」
って言うのなら楽しいの。

子どもの速度を超えて、もっと望むの、もっと。
それで行かないとすごいがっかりした顔をするの。
それを、あたかも親は「あんたのことをかわいがっているからだよ」みたいなことを言うの。
それが子どもにものすごいコンプレックスを与えるの。

劣等感を与えられると、子供のほうは子供のほうで、劣等感をうんと与えられると、
自分に対して自分がいい子だったり、そういう時以外は可愛がられないんだと思う。
大人しい子のパターンだよ。

劣等感をうんと与えられて育ったおとなしい子というのは、
お母さんは自分がいいことをしたときは喜んでくれる、悪いことをすると怒る、
ということは、自分は何か常にいいことをしていないといけないんだという状態になってくる。

親が勝手に、自分のコンプレックスを補うために子供を叱っているようなもんなの。
で、親は自分に劣等感があるというのをよく知らないんだよ。

だから子供にそういうことをすると、やられた子供の方は、自分は無価値だと思っちゃうの。
で、自分に価値を見出すためには、ひとつのことをしなくちゃいけない。

それは、人が喜ぶことを常にしていないと、自分は無価値だと思っちゃうから(全員とはいわないよ)
意外とそういう元気のない子に「あなた、何やりたいの?」ってきくと、
「自分はボランティアとか福祉をしたい」って言うの。
それは何かいいことをしなけりゃ、自分には価値がないと思ってる。

それで、必ずそういう人の特徴というのは、楽しそうにやっていないの、見るからに。
自分のコンプレックスを補うためにボランティアをやっている人というのは、
本当はやりたいわけではないから、「やりたいの」っていいながらなかなかやらないの。

ボランティアをやったとすると、実はそんなことでコンプレックスは補えないから、
今度やらない人に対して「あの人たちは何でやらないんだろう」って、不平不満をぶつけ出す。
だって、自分はやりたくてやっているんではないんだもん。
「やりたくないのに私はやっているんだ。何であなたたちはやらないんだ」って理論になってくる。

劣等感があっておとなしい人っていうのは、うつ病になったりする。
いい子なのに、もっといい子になろういい子になろうと思って息苦しくなる。
で、暴れらりゃあいいけど、暴れられないと毎日親に……
愛と言う名の暴力なんだよ、アレ。

ふるわれると、だんだんだんだん、元気の気をとられちゃう。
そうすると、無気力になっちゃう。
なんで無気力になったかというと、誰かが奪ったんだよ。

学校に行くと大人しい子だから、いじめらる。
いじめる子っていうのは劣等感を持ってる。
で、劣等感を持ってて、いじめられる子も劣等感がある。

劣等感のある大人しい子を、劣等感のある攻撃的な子がいじめるんだよ。

会社で、おとなしい子はうつ病になったりするんだけど、
劣等感のある人間が……
全員が劣等感があるんじゃないんだよ?
今度社会に出てくると、自分の劣等感を攻撃的な人間が埋めようとする。

世の中にはそんな劣等感のない人間もいる、本当に優しい人間もいる、
そういう人は優しいし能力もあるから出世するし、人望もある。

するとあれを見ながら、自分も同じ地位に上がれば、
ああいうふうにみんなから尊敬されるんだと思う。
ところが劣等感のある人間は、自分が嫌いなの。根底的に。

だから、自分が嫌いだから人に好かれわけないの、
だって、自分だってあんたのこと嫌いなんでしょう。
自分が嫌いなんだったら人だってあなたのことを嫌いだよっていう話になるんだよね。

だから、そうなってくるとその人間は、
出世今度をしても誰も尊敬してくれないで、よけい劣等感がわいてくる。
その結果二つの行動をとる。

一つは、会社で弱そうなやつ見つけて、その人を的に掛けてず~っと怒る。
叱るという名の「うさ晴らし」をし始める。

普通にただ教えるか指導すればいいのに、それをねちねちねちねち、
ず~っとやるってことは、自分の劣等感をそいつで晴らそうとする。

それの延長で、うさ晴らしをまだ出来る人はいい、で、なれない人がいる。
なれない人はどうなるかっていうと、
家に帰ってきて奥さんの箸の上げ下ろしとか、ぞうきんの置き方に対してまでねちねちねちねち言うか、
子どもに対してずーっと言ったりしている。

で、気がついてないの。
自分が親から受けてきた劣等感でそうなっているってことを気がついていない。

このことに気がつくために、何度も何度も人は生まれてくる。

みっちゃん先生という人がいます。
みっちゃん先生はイヌとかネコが大好きだからすごくかわいがる。
ネコって、すごくかわいいよねって言う。

それは違うよ、みっちゃんがネコをかわいいと思う気持ちを持っている。
だからネコをかわいがる。だけれどネコが嫌いな人から見たらゾッとするほど嫌いなんだよね。
だからネコの問題じゃないんだよ。
あなたが劣等感を持ったのは親が未熟なの。

親が子どもが劣等感を持つ程度にしか育てられなかった。
でも、はっきりいうけど、そういうとこ生まれた子も自分が親になったら同じことをする人なの。
だから別にあなたは被害者じゃないんだよ、どどっかで誰かが気づけばいい。

それから課長やなんかで、どんどん怒鳴ったり怒ってる、
「ああ、嫌だな。俺は何でまた怒られるんだろう」じゃない。

怒っている人に、
「この人は相当劣等感がある人なんだ、気の毒な人なんだな」
っていう顔で見ててみな。
怒る人やめちゃうの。
だってバレてるんだもん。

劣等感を持っている人ってのは、自分が劣等感持ってるっていうことがバレるのが一番嫌なの。
だからもっと弱そうな人を探してるの。
もっと未熟な人探して怒ってる。

お父さんが帰ってきて、箸の上げ下ろしからなにから、
「おまえはね、俺は疲れて帰ってきてるのに、こんなおまえの態度じゃしようがないし、
俺は家庭を大事にしているだよ、大事にしているだよ」ってふりをする人に、
「あんた、何でそんな劣等感をもっちゃったの」って言ってみな。
一発でなおっちゃう。

で、どっかであなたに劣等感を植えつけた人がいるの。
それは何ですか、どんなふうにして劣等感を植えつけたんですかっていうと、
暴力とかわかりやすいのはすくない、それより親のがっかりした顔なの。

がっかりしてから立ち直ったように、
「でも大丈夫よ、お母さんがついてるから」
っていっても、そのがっかりした顔が傷つけるの。
それで傷ついてきたの。

だから、うっかりいい子になっちゃうと、
最初から成績がずっと悪かった子とかというのは意外と親も期待していないんだけど、
ちょっと昔勉強ができたとか成績が良かった、というほうが落ち込みが激しい。
期待してあげることが愛だと思ってる。愛とはそういうものんじゃないの。

あなたが運動会で一着になろうがペケだろうが、お母さんはあなたのことが大好きだから、関係ないから。
学校の成績が一番だろうがペケだろうが、私にとっては世界で一番かけがえのない子だから。
私にとってそんな細かいことは関係ないんだ。神様があなたを授けてくれただけで私は最高だから
って、これが愛なんです。

それを「うちの子はいい子なのよ。うちの子は何なのよ、かんなのよ」と、いい子のときしかほめない。
だから、あなたが劣等感を持ったのは、あなたのせいじゃないんだよ、周りが未熟なの。
どこかで誰かがこれに気づけばいいの。

それで未熟な人というのは、例えば夫婦、恋人同士でもそう。
自分以外の世界で奥さんが楽しい思いしてくると、
劣等感のない人は「友達とここへ行って、それでカラオケに行って楽しかったの」
と言ったら「ああ 良かったね」と言う。

ところが劣等感を持っているダンナだと、なぜか「俺のいないところで、どうやって楽しんだんだ」
とそのことをすごく嫌がって怒るの。
だから、PTAで酒を飲みに行こうが、カラオケを歌ってものすごく楽しくても、
帰ってきたときに楽しくないふりしなきゃいけないの。
例えば「もう嫌になっちゃう。あんなの、私二度と行きたくないのよ。つらかったのよ」
って言わないと喜ばない。

そうすると、そんなことを長く続けたらくたびれちゃうから、もう別れちゃおうとなるの。
でも、別れられたダンナは、なぜか気がつかないの。

で、奥さんでもいるの。「あんたばかっし楽しくていいわね」とか。
人が楽しかったのを「良かったね」と言えばいいのに、
それを言えない雰囲気をつくる。

巧妙に隠された罠(23′53″~)

で、それは何でですか?っていったら、あなたの中に劣等感が、あるから。
お父さんとか親で劣等感のある人の特徴というのは、
愛という名の暴力を振るう人っていうのは、獲物を逃したくない。
子どもは獲物なの。
気がついていないけど、そうなの。

そうすると、子どものことねちねちねちねち、ずーっと、
「もっとしっかりしましょうね」とか
「お母さんがついているからね」とか重圧をかける。
かといって獲物を逃がしたくない。

だから、子どもが自立しようとか独立しようとかいうと、
邪魔したり、適当に困る程度、
要するに与えすぎると逃げていっちゃうから、逃げない程度のお金をあげるとかする。
それで、ねちねちねちねち、ずーっとやってるの。

女の人は最後の最後、逃げ道は二つしかない。
病気になるか男をつくって逃げ出すか。

なぜか、男をつくって逃げ出したときというのは、
その男というのも劣等感の固まりみたいなやつと、必ずというぐらい一緒になる。

だからこれは、人は劣等感を持っているということなの。
劣等感をやめよう。自分はどんな劣等感を受けてきたんだろう。
劣等感を与える方法が巧妙に隠されているんだよ。

これを理解するのはものすごく難しいんだよ。
その人が幸せじゃなくて落ち込んでいるんだとしたら、
あなたが悪いと思わせるような周り、
特に親とか育てた人は「あなたのためよ」とうまい具合に言いながら劣等感を与えているんだよ。
だって、本当に周りがあなたのためを考えていたら、
あなたは今幸せなはずなんだよ。

それが幸せじゃないという人は、
親のほうも子どもから気力を奪っているということに気がついていないんだよ。

なぜお母さんがそうなったかというと、自分の親にやられてきたんだよ。
だから、悪いとも何とも思っていないんだよ。
本当にあんたのためだと思っているから、わかりづらいんだよ。

でも、本当にあんたのことだけを考えてくれている人が何人もいるのに、
なぜあなんは不幸なの?
おかしいよね、って。

会社の部長も「おまえのためだ」つって怒ってる。
だけど、おとなしく言ってくれてもわかるよね。
人前で怒らないで、「ちょっとちょっと」って、
本当にかわいがっている人にそんなことするかい、って。

あんたは本当は「うさ晴らし」をしてんだよ、って。
誰かが気がつけばいいんだよ。

そういう親の元に生まれてきたんだから、お母さんも大変だったね。
よっぽどコンプレックス持ってうまれたんだ。どんな親だったの、
って一回聞いてみたら、絶対同じようなことされてるんだよ。

因果を断ち切るというのは、そのお母さんのお母さんもそれをやられていた。
ずっとそうなの。
どこかでこれを断ち切ればいいんだよ。

一人さんの話をみんなが聞いて喜んでくれる、肩の荷が軽くなるんだよ。
人に劣等感を与えないよう気をつけなよ。
中学しか行っていないから、学校の話をバンバンしてもいいんだよ。
だって、中学校しか出ていない人がいくら学歴の話をしたって誰も劣等感、傷つかないんだよ。

だけど、俺がいい大学行ってて「おたくの学歴は?」と聞いたとき、
相手が高校しか行っていない、中学しか行っていない人だったら傷つく人もいるんだよ。

人間の言葉の中で一番大切なのは、相手にどうしたら劣等感を与えないかなの。
だから、くだらない話をしちゃ駄目なんだよって。

明らかにそういうサークルなんかで、六大学の集まりとかというときは話してもいい。
そうでなかったら人を傷つけることは言わないの。

ところが、自分に劣等感がある人間は人を傷つけるだけじゃなくって、「俺が偉いんだ」って言いたいんだよ。
劣等感を持ったまま出世すると、出世したから自分を尊敬してくれると思うけど誰も尊敬しないから、
今度は飲み屋だとかいろいろな所へ行ってエバるんだよ。

ひどいのになると、自分が偉いところを見せたいために部下を連れていって、
部下の前で偉ぶって「はい、はい」とかといわせて、それで俺は部下にごちそうしているんだから
喜ばれているというつもりでいるんだけど、そんなことをされて喜ぶ人っていないだろうって。
そんなことも気づかないほど未熟なんだよ。

どっかで誰かがこんなばかばかしいゲームやめよう、って。

よくクラブ活動やなんかで、先輩にめちゃくちゃいじめられて被害者のつもりでいるけど、
被害者じゃないの、その人が上になると自分も同じことをやるんだもん。

心の中に劣等感のない人間は、劣等感のある人達のところへ行ったときに逃げようと思う。

ところが劣等感のある人間というのは、劣等感のある上の人達が来ると、
この人達に好かれようとする。合わせようとする。そして、そのうさ晴らしを今度は下にやるの。

それでエネルギーの均衡を保ってるんだけど、
下の人間が言うことを聞かないと、ヒステリーになるか脳に障害をおこしたりする。

だから結構よくある例が、お母さんが口うるさくて「はい、はい」といい子で育っちゃう。
自分が弱いからやられていたから、今度は嫁が来ると小姑としてその嫁をいじめる。
いじめているうちは精神は普通なの。

ところが嫁さんのほうがもっと魂が上で「お姉さん、どうしたの、何があってそんなにイライラしているの」
とかって論されたりなんかすると、キ~ッってヒステリーが出てくるの。
だって、唯一のはけ口がお嫁さんだったから。

だけどその人もやめればいいの。お母さんもやめればいいの。
闘うことはないの。気づいてあげればいいの。
あなたにガミガミ言ってる親とか、愛情という暴力を振るってる親とかはコンプレックスがあるの。
劣等感なんだよ。
自分とは関係ないの。

自分とは関係ないって何ですかと言ったとき、
親がこういうふうに言ったから劣等感を持っていると思えるけど、それは親が未熟なの。

学校の先生にこうやって言われたんです、だから自分はこうやって落ち込んでいるんです、っ
て言う人がいるけど、学校の先生のくせにそういうことを言うこと自体が未熟なの。

生徒にやる気を出させることが先生の仕事なのに、
生徒がやる気がなくなっちゃうようなことを発言すること自体がその人の問題なの。
だから、自分がコンプレックスを小さい時に持ったということは、育て方がおかしいの。

自分がコンプレックス持つのやめるの。
劣等感持つのやめて、人にもやらない、それで終わりなの。

周りや親がそういうことを言い始めたら、
「お母さん、なんでそんなに劣等感を持ってるの?」って。
そうしたら必ず「そんなもの持ってないわよ」って言うけど、
持ってる。

劣等感を持ったままをやると、やりたくないの。
さっきの、あのボランティアやってる人も、心からやっている人は楽しそうなの。
暗そうにやっている人は本当はやりたくないの。
子どもを一所懸命に育てている人もいる。

私は会社で同僚やなんかに一所懸命、一所懸命尽くしているのに、なぜか好かれないという人もいる。
そういう人は楽しそうじゃないから好かれないの。
心から周りの人の仕事を手伝ってやりたかったら、必ず楽しそうにやっている。
けど、苦痛そうにやっているんだよ。

だから、子どもを一所懸命育てているのに、
子どもに暴力を振るわれたり殴られたりする人っているのね。特徴があるの。

それは、自分にコンプレックスがありながら、コンプレックスがあるから、
自分はお母さんとしていいお母さんになってやらなきゃいけないと思って、義務でやっている。だから顔に楽しさが出てないの。

すると、心とやってることがちぐはぐなっちゃう。
それを見ている周りは絶対イライラする。

子どもやなんかはワーッと暴れ出して、親のことバカバカっってやられるの。
で、何でだかわからない。

もし一所懸命やっても好かれない人、一所懸命やっててうまくいかない人は、楽しそうにやっているかどうかを、考えて。
コンプレックスがあると楽しそうにできないの。

で、この話ね、なんでこんなに長くしなきゃいけないかっていうと、
コンプレックスを与えてるほうが愛だと思ってる。
だから不幸は勘違いから始まる。
それから、足りるを知るとかいろんなテープ入れてるけど、
究極的にはこの話なっちゃうの。

で、この話今日も入れてんだけど、もっと何回も何回も、
もっとわかりやすく話さなきゃいけないと思ってんだけど、
今の段階ではこれが限界くらいなの。

親が勘違いして気がつかないの。
だから過剰な期待とかしちゃダメなんだよ、子供に。

ちょっとかっがりしたような顔されて、
通信簿みて「ちょっと下がったね」言われただけで、どのくらい子供が傷つくかわかってないんだよ。
ものすごい繊細なんだよ子供って。

飴細工やガラス細工みたく、ピンってやったら割れちゃうんだよ。
だから、そういうことってしちゃダメなの。

で、わたし言ったことないもんそんなこと、
って言ってる人いるけど、成績「下がっちゃったね」て言ってがっかりした顔してから、
「でもお母さん気にしてないから」って。
顔が言ってるの、もう、子供って嘘つけないんだよ、神に近いんだよ子供って。

親が何思ってっかわかんだよ。
今苦しんでるあんた、それやられてきたんだよ。
だから、やめなってのそれ。

で、またなんでやられてきたかっていうと、あんたも親なったらやるんだよ、
どっかで断ち切らなくっちゃ、ず~っと不幸が続くんだよ。

コンプレックスのある親ってね、自分が帰ってきた時に喜んだ顔をしなきゃいけないとか、
もう常に自分を賞賛していてくれないと嫌なの。
家族はずーっと賞賛してるの。

「お父さんは偉いんだよね」といつも機嫌を取らせてる。
それで、「自分はそれで気持ちいい」からいい家庭だと思ってるの。
だから、突如として奥さんがヒステリーになったりノイローゼになったり気が狂ったりしたら、
自分を賞賛させてなかったかどうか考えな。

「いつも自分をほめてて欲しい」とか、「いつも自分を見てて欲しい」とか、
劣等感のない人は普通はそんなこと言わないよ。

言ってるとしたら、あんた子供の時からずーっと劣等感の塊なんだよ。
劣等感で出世しちゃう奴っているんだよ。だからがんばらなきゃいけないって。

「あんなに出世してるのに」とか、よく夫婦で、いつもいつも一緒にいるという夫婦がいるんだよ。
だから他人は仲がいいと思ってるんだよ。
いつもだんなことをほめてると「いい奥さんだね」って、
いつもいつもだんなのことほめていたいかって、普通。

いつも一緒にいるったって、たまにはあっちいきたいこっちいきたい、って時もあるでしょうって。
よっぽど厳しい親に育てられたか、よっぽど劣等感があると、奥さんとか子供にそれを望むんだよ。

本当にいい奥さんなのに突如として気が狂っちゃって、って、
そんなに愛に包まれて、おかしくなるかいって。

それは医学上はなることもあるのかもわからないよ。でもその前に、自由にさせてたかい?
人と楽しいことがあったら「楽しかったね」とか
「よかったな」とか、「また行っておいでよ」って言ってたかい?って。
なぜそれを言えないんだい?って。

自分には劣等感があるんじゃないか、育てられてきた時の劣等感があるんじゃないか。
もし不幸な人がいたら、幸せの絶頂ならいいよ、それを思ってください。

で、コンプレックスは出世では解決できないの。
いくら家の人がチヤホヤしても解決できないの。
心の中にあるから。

いくら飲み屋とかに行ってお金使っても、その時はチヤホヤされてても本当は嫌われてること知ってるの。
だから帰りにはがくっとして、寂しくなって帰ってくる。

自分の中にコンプレックスがあるんじゃないか、ってことを一回……
もし不幸ならね。
ただ、幸せならそれがないだけなの。

男の子でも何人かいたりすると、親はんなこと気がついてない、ハイハイハイハイって、ものあげると、
ただ近くにいるからあげただけなのに、子供のほうはなんで弟の方に先にあげるんだろうとか、
差別されてるんじゃないかと思うけど、あんたの親、そんなこと考えてないの。
親がイライラしてつっけんどんにしたりなんかすると、そのとき怒りやすいから怒ってるだけなの。

子供のほうは、なんで俺なんだ、弟がかわいいんじゃないかとか、
兄貴がかわいいんじゃないかとか思うけど、そんなことすら考えてないの。
あなたの親はただ思い付きでやってるだけなの。
ただそれだけなんだよ。
だから劣等感を持つほどの問題じゃないんだよ。

劣等感の呪縛からどうやったら解き放たれるか。
気がつけばいい、ただ、ああそうなんだ、と。

未熟な親を選んできてるの。
劣等感をなくす、やめる、これが今世の修行なの。
劣等感を持ったまま幸せになれない。できないの。
できるだけ、人に劣等感を与えない。
で、それが出来れば今世の修行なの。
何回でも起きるの。

で、今世はわからなくてもいいです。
人には劣等感があるんだ。全員じゃないよ。

うまくいってない人、いつも怒ってる人、威張ってるひと、
政治家とかこんなんなって、なんでそこまでエバるんだって人見たとき、
この人は劣等感があるの。

ちっちゃい時よっぽど劣等感のある育てかたした。
その劣等感が外に対する攻撃性になってるの。

劣等感が自分を攻撃した時に、うつ病になったり、部屋から出られなくなったりするの。
原因は、攻撃的なやつが劣等感をもったか、やさしいやつが劣等感をもったかで違ってくるの。
ただ、それだけなの。原因は劣等感なんだ。
根拠のない劣等感。

劣等感のある人は、人に認められようと努力いっぱいするけど、よしな。
あんたのことは神様が認めてるの。
神が認めてるから、あなたを地球に生ましたの。
神が認めてんだから、周りが何たって、関係ないの。

私のことは神様が認めてくれてるんだ。
そう思えばいいの。

長くなりましたけど、一応、終わりま~す。

はい、追伸で~す。
劣等感の人ってどんなタイプなんですか、自分たちが見抜ける方法がありますか?
っていうんで、見抜ける方法を教えます。

それと。
見抜けたら、今度は、じゃあ、そこからどうしたら逃れることができますか、って質問もありますから、それに対して答えます。

で、まずは、劣等感のある人を見抜方法です。
これはものすごい簡単ですから、誰でもわかります。
まず、職場で想像してください。

やたら怒っている人がいます。
それは子どもの時よっぽど劣等感を受けてます。
いつも劣等感でイライラしてます。
劣等感のある人というのは、常にイライラしていますから、そのイライラを晴らすためにいつもでかい声を出して怒鳴ってます。

こんなことでおっきい声出さなくたって普通に言えばわかるじゃないかというのに、でかい声を出している人は劣等感があります。
イライラがあります。

劣等感プラス、イライラになってくるんです。
劣等感がイライラに変わります。
イライラに変わると、怒鳴ります。
いいですか、それが攻撃型タイプなんです。
攻撃型劣等感タイプなんです。

それともう一つ、内向型イライラタイプがあります。
内向型イライラタイプっいうのはイライラは同じです。
ところが内向型ですから、怒鳴ることができません。
そのかわし、相手のことをうじうじうじうじ、
「お前これじゃ駄目じゃないか、お前のためにこうやって言ってやってて、お前何回言わせるんだよ」
とか
「俺はお前が憎くて言っているんじゃないんだよ」とか、長いです。

片一方は、声ででかいです。でかい声出す必要がないのにでかいです。
で、片一方は、ねちねちあんなに長くやらなくてもいいのに、長いです。

わかりますか。
だって1分で話すはなし、10分してます。
これは両方とも劣等感なんだ、ってことです。
で、もちろん家庭だってそうですよ。

家庭帰ってきて怒鳴ってるお父さんとか、子供のことねちねちねちねちお説教してるお母さんとか、これもちっちゃい時の劣等感です。

だから、タイプ的に分けると、がーっとうるさい攻撃型タイプと、ねちねちねちねち内向型タイプの劣等感のある人がいます。

なかには、怒鳴った上に長いとか、すごいのがいる、これはものすごい劣等感を持っています。
その人の育った環境いくと、これじゃあ劣等感受けちゃうよなっていうような育ちかたしています。

でも人を怒鳴ることでは晴れませんよ。

では、そういう人と会ってしまった場合、上司にもっちゃう場合もあります、的かけられてやられちゃうときもあります。

では、やられてる人はどうしましょ。
えー、見抜いてください。

この人は私を怒鳴ってるけど、私のためでもなんでもない、ただ、劣等感なんだっ、て。
「あんた劣等感あるんだよね」って上役にいえません。

いえなくてもいいです。
呼ばれる前から、朝から、ナニナニ部長が劣等感から救われて、早く幸せになりますように。
会社に入る前に、ひとつ心の中で念じてから入ってください。
すると、だんだんだんだん変わってきます。

なぜかっていうと、劣等感を持ってる人は劣等感たってことを見抜かれると、もうばれちゃってっから、もう出来ないです。

それとおんなじように、家に帰ってきて怒鳴るおやじさんなんかいたら、もうよほど劣等感を受けてきたんだから、この人は早く劣等感から抜け出して、幸せになりますように。って。

それと、自分のことも、子どもにねちねちねちねちやってるんだとしたら、私、劣等感なんだ、って気がついてください。

たったそれだけで、このパターンがわかる。
そして対処の仕方がわかる。
これだけで、人はばら色の人生になれますよ~。

 - 幸せになるために役立つ言葉