CDから学ぶ『斎藤一人さんの言葉』

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死神の話(『地球が天国になる話』より)

   

26みんな元気ですか

長い長いテープになってしまいました。
『地球が天国になる話』最後まで聴いていただきまして、ありがとうございます。

ささやかなお礼として、最後の神様というテープを入れました。
みなさん、聴いて下さい。

今から、絶対に信じられない不思議な話をします。

『死神』というのがいます。

この死神というのは、なぜ、神という字がついているのだろう?
という話なんですけど。
みなさんが思ってるような、薄汚れた着物を着たり、手に鎌を持っていたり、あれは本当の死神ではありません。
あれは、妖怪とか、もののけとか、悪魔とかそういうのと一緒にしてます。
本当の死神というのは神様なんです。
ひとつの天使と言ってもいいです。

人間は過去を引きずって生きています。
小さい時失敗した、親に怒られた。
いろんなことを引きずって生きています。

その引きずってる過去から、切り離してくれるのが、実は『死』という神様なんです。
これはどういうことですか、っていうと。
たとえばあなたが1ヶ月の命だ、今日一日の命だといわれたとします。

そうすると、もし今日一日の命だとしたら、行きたいところ行こう。
それから愛する人にお世話になりましたって言おうとか、そういうことになります。

死ということを考えます。
親も、ずっと生きてると思うんじゃなくて、いつ死んじゃうかわかんないっていうと。
ああ、ご飯の一つも食べさしたいな、お寿司でも食べさしたいな。
あんな貧しい中から自分のことをよく育ててくれたなあとか、いろんなことを思います。

私は仕事をしてて、いつも死というものを考えます。
そうするとひとたび、死というものに会うと、どんな会社をつくり、どんな財産をつくり、どんなに土地を持っても、一瞬にして無くなります。

そうすると、人間って何をするべきなんだろう?
ただただ、死を恐れるんじゃなくて、死というものがあるんだってこと考えただけで、そんなに業突く張り張りみたいなことしなくたっていいんだ。
今、幸せじゃないか。
こういうテープでも入れた方がいいんじゃないか。
人が喜ぶ講演会でもした方がいいんじゃないかって、思います。

人は、死というものを恐れて、毛嫌いして生きてたけど、それは、悪魔がそうさせるんです。
死神がとり憑いて、自殺しちゃったとかってのもあるけど、それは寿命が来る前に、勝手に死んだ人にとり憑く、もののけか悪魔です。

昔、こういう外国の映画があって、わたしも小さい時でよく覚えてないんだけど、ああ、この人わかってんなって思ったことがあります。
それは、あるお婆さんが、もう年老いちゃったんだけど、死神がくるのを恐れて、入口という入口に、死神が入れないような、おまじないをして、ただただ、年とって、顔が恐怖に震えてたとき、一人の旅の青年が来て、コンコンって、その青年がもの凄くやさしくて、一晩だけ泊めてください、つってその人を見て安心して中に入れたら、「お婆さん、もう頑張らなくていいんですよ。大変だったですね。私と一緒に逝きましょう」
って言って、やさしくその神様に抱かれるようにして死んでったの。

人は死んで、また生まれ変わり、何度も生まれ変わりするものだから、その迎えにきてくれる死っていうものを、怖いものだ怖いものだって思わせようとするのは、悪魔の仕業なの。

それよりもしかしたら、自分もいつ死ぬかわからないんだ。
そして目の前にいる人もいつ死ぬかわからないんだ。

そう思ったら、イライラしてガガガガってね。
お前なんか大っ嫌いだ、って、ホントは愛してる人に言っちゃうこともある。
でも、相手が死んじゃったら、あいつに俺何てこと言ったんだろう。

逆にいうと、自分が死んじゃったら、自分はすごくね、子供やなんか愛してたのに、お前なんかホントは大っ嫌いだって言っちゃった。
その日に死んじゃったら、自分は何って思うだろう。

そういうことを考えただけで、人はまともに、愛の道に戻れるの。
だから、死というものに神という字がついてるっていうのは、ちゃんとした神なんであって。
あなたたちが思ってる死神はもののけだよ。
本当はそういうものじゃないの。

もっとやさしくて、迎えにきてくれて、その人間が彷徨わないように迎えにきてくれる、もっとやさしいものなの。
その死という故郷へ連れてってくれるための道先案内人。
そのことを思っただけで、人は過去の嫌なことなんて考えてる必要もないし考えられないの。
もう、やることがちゃんと見えてくるの。

それを、死というものを怖がらせ、思い出させないようにして、そうやって生きてるのは悪魔の使いで、あなたたちは悪魔を神だと思い、神を悪魔のように思ってるの。
だから、不幸が続くんだよ。

えー、わかりづらいです。
あの、千人に1人、一万人に1人、それすら、わかんないかもわかんない。
でも、ホントに逆さにモノを考えてる。

人は何度も何度も生まれ変わります。
だから、死なんか恐れることないし、死が恐れることないとしたら、死ぬ時に迎えにきてくれるその人も恐れることがないんです。

死を恐れないっていうのは、ムチャクチャに暴走族になれとか戦争しろとか言ってんじゃないんだよ。
ちゃんと生きてちゃんと迎えにきてくれるまともな話をしてる。

今言った話が、万人に1人でもわかってくれるとうれしいです。

悪魔を神だと思い、神を悪魔だと思ってるっていう言葉があるんですけど、それがわかりづらいっていうので、ちょっとそのこと説明します。

みんなが思ってる死神っていうのは、浮遊霊とか、悪魔とか、妖怪とかそういうのをみんなが死神だと思ってるんだよね、って。

だけど、最後にあなたを死の世界へ連れってってくれる人っていうのは、あんな恐ろしいんじゃなくて、もっと美しくて、ホントに綺麗な輝きがあって、そういう人が出てきて、一緒に逝こうね、って連れってってくれるんですよね。

最後に出てくる最高の神である、最高の天使なんです。
だから、それは違うよって言うことです。

それと、その最後に出てくる天使っていうことを思い出すと、たとえ話なんですけど、この前こういう人がいたんです。
私、親に対して、ついつい、こういうこと言っちゃうんだ、とか。
言ったあとから、こうだよ、なんであんなこと言っちゃったのかなって反省するんだけど、ついつい、言っちゃうんだよね、って人がいたんですけど。

それは、死というものを完全に受け入れてないからなんだよ。
だってあなたは親なんか、なかなか死なないと思ってるし、自分も死なないって思ってるから、そういうことが言えるけど、ホントにお母さんってもう、年だから、明日死んじゃうかもわからないし、あと、一週間の命かもわかんない。

そしたら、そんなことがパッと言える訳ないんだよね。
だって本当は、愛してるんだよね。
だから、自分も明日死んじゃうかもわかんないんだ。
お母さんも明日、死んじゃうかもわからないんだ。
そう思うと、心の中から愛のある言葉がスッとでるよね。

この死の天使というのは、そうやってフッと死の天使を思い出しただけでも、心から正しい愛情が出てくるよね。
っていうことを言ってるんです。

死ぬまで、親が許せない、父親が許せなかったって人もいるんです。
だけど、本当にその父親が死んで何年も何年もしてくると、だんだんだんだん許せるようになったり、ひとつもいいところが無いって思ってた父親の、いいところがポツンと思いだしたり、これも死という天使があなたの心の中に変化を起こさしてくれるんです。

ちょっとひっくり返ったらすぐ死んでしまうようなことをしている暴走族とか、命を無駄にしてしまう人がいるけど、死を恐れないというのと、命を無駄にするというのは全然違う意味なんだよ。
大切な大切な命なんだから、この大切な命をちゃんと全うしなくちゃいけないよ。

それで全うしたときに、最後に出てきて、迷わないように、ちゃんと連れて行ってくれる最高に美しい神様の事を、ああいうカマ持ったような悪魔のようなカタチで、表現したりするのはいけないよね。
それは違うと思うよ、っていうことを話してます。
自分なりに、精一杯このテープ入れて、私が今教えられることは、この程度の事です。
どうもありがとうございます。

すいません。
あのもう1コだけ追伸があるんでちょっと入れさしてください。

人って、等しく皆死にます。
誰でもです、逃れる事は出来ません。
そうすると、死というのは神様が与えたものだから、誰も逃れる事は出来ません。
そうすると、神様ってそんなに嫌な事を、大変な事を全員に与えるんだろうか?
そんなこと絶対にないんです。

人間は何回も生まれ変わって成長していきます。
魂の成長が止まる事もあります。
身体がボロボロになってしまう事もあります、古くなってしまう事だってあります。

今世で、学び終える事もあります。
いろんな事情があって人は死んでいきます。
死というものをそんなに嫌なものと捉える必要はないんです。

そして、必ず、死ぬときは死ぬときで、ちゃんと美しい人が迎えに来てくれるから、そんなに嫌な事じゃないんだよ。
それから、神様は、全員がが嫌がり、全員が困るようなことをしないんだよ……

『地球が天国になる話』より

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